最初に言い訳とか。

管理人にとってスターオーシャンシリーズは、近年にないヒットでした。こんなに何年にもわたって楽しめるゲームは滅多にありません。ここでは、長くやっているうちに思ったことを書いてみようかと思います。データだけが目的の方は、ブラウザバックでお戻りください。
ほとんど愚痴のよう……と言うか愚痴なのですが、だからと言ってこのゲームが嫌いなわけではありません。作品に入れ込むあまりに、いろいろ考えるということもあります。

念のためですが、管理人の個人的感想を述べた物なので、意見を撤回しろという苦情は受付けません。今後さらにやっていて意見が変わったら、その時記事内容を改訂するでしょう。
また、読んでくださる方に同意を求めたりもしません。読んで「ああ、そうかもしれないな」と思う方もいるでしょうし、「なんか違うんじゃない?」と思う方もいるでしょう。また、「こういう考え方もあるのか」と客観的に読んでくださる方もいるかもしれません。考え方は人によって千差万別なので、それで良いと思います。

開発に関わった方に読まれたらヤバいような気もしますが、こんな弱小個人サイトなんかご存知ないだろうから、たぶん大丈夫でしょう。開発関係者の方に訊かれても、ここに書いたのと同じ事を言うと思いますが……

Star Ocean The Second Story


愚痴話 其の壱:主人公の戦う理由 (2000/10/15)

放っておけば銀河系は十賢者に征服されてしまうわけで、銀河系の一住人としてそれを阻止するというところまでは良いと思います。クロードの場合は父親の仇討ちという側面もあるので、その意味からも十賢者と戦うこと自体は理解できます。
しかし、その理由が「全宇宙の人々の思い」だとか「銀河系のため」だとかいう辺りが、どうも嘘くさいです。「自分たちの星も征服されるかもしれないから」「エクスペルを復活させるため」「父親の仇だから」、それで良いではありませんか。

これが中世ファンタジーをイメージしたような初めから虚構であることを全面に押し出した作品だったり、現実を無視してすべてが上手く丸く収まるような作品だったらこんなことは思わなかったでしょう。しかし、世の中の矛盾を感じさせたり、立場の違う二者の間の不条理を考えさせられたりと、極めて現実世界に近いリアルさを持ったストーリーになっているだけに、戦う理由という根源の部分が嘘くさいのが残念です。
まあ、これは私が勝手にそう思っているだけで、製作者様サイドでは矛盾や不条理などというものを描くつもりはなかったのかもしれません。むしろ、その可能性の方が強いと思いますが、自分としてはやるたびに「どうも嘘くさいんだよなあ。本気かよ?」と思ってしまうのはちょっと辛いです。

最近になってチラッと思ったのですが、クロードは全てを承知した上で、仲間が戦う理由を明確にするために敢えて、「全宇宙の人々の思い」と大きく出たとも考えられないでもありません。
しかし、そこまでの深慮遠謀があったと思うには、その他の行動があまりにも不条理……(^^;

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愚痴話 其の弐:主人公の不条理 (2000/10/15)

言えばキリが無いですが、反物質武器を作るために全く無関係のバーク人を殺してしまったり、メタトロンの問いに対して「それは、お前達の方が悪いからじゃないか!」と答えてしまう辺り、それでいいのでしょうか。

主人公たちが銀河系住人である事を考えれば、彼らにとって、自分たちの目的「銀河系を十賢者たちから救う」ことの方が、十賢者の目的「銀河系宇宙の征服」に比べて相対的に正義であるとは思います。37億ネーデ年前の経緯を全く知らず関係もない現代の人々から見れば、十賢者は自らの生活を脅かすものでしかなく、そんな訳の分からない連中に自分達の星が征服されるなんて嫌だと思うのは当然でしょう。
また、十賢者打倒を目指すクロードたちは、いよいよ最後という時まで、それによってネーデが滅びるかもしれないことは知らなかったはずです。この頃は、皆を救うという大義名分を信じていたかもしれません。
しかし、そのためなら何をしてもいいのか、相手が悪ければどんな事も許されるのかという疑問は消えません。

トドメはエンディングのムービーです。
「さあ、一緒にエクスペルに帰ろう」「ええ!」と爽やかスマイルで言われた日には、ナール市長たちから真実を告げられてあんなにショックを受けていたらしい様子は何だったのか、彼らの人間性を疑わずにはいられません。エクスペルが復活して嬉しいのは分かりますが、ちょっとぐらいネーデを振り返ってもいいんじゃないかな……とか……(クロードは、親父さんのことを忘れているらしいし)

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愚痴話 其の参:ネーデ人の決断 (2000/10/15)

ネーデが滅びる時、共に滅びると決めたネーデの人たち。心情的には分からないでもありません。
しかし私が問題に思うのは、その決定をしたのは誰かということです。ネーデの政治形態がどうなっているのか知りませんが、ゲーム内容から推測できる範囲では、誰か決まった首相なり大統領なりというような人物はいないようです。
敢えて言えば、セントラルシティのナール市長がネーデで一番偉い人のような気もします。「市長」という役職名をもった登場人物はナールしか出てきませんが、実際には各都市の市長が都市の運営を担当していて、ネーデ全体のことは市長たちの話し合いによって決めているのかもしれません。ナールは、その市長会議の議長といった役割でしょうか。

ネーデの人口がどれくらいあるのかは不明です。しかし、セントラルシティの巨大なビル群や複数の大きな都市があることから、おそらく百、二百ではなくて、少なくとも何万、何十万の単位だと思います(マップで見えている建物や人物は、現実にあるだろうもののごく一部というのは、もはやRPGの常識でしょう)。
これだけ多くの人が満足に話し合いをするというのは、ほとんど不可能です。また、仮にインターネット投票のようなことをして各個人の意志を確かめたとしても、全ての人がエナジーネーデと心中することに同意したわけではないはずです。結局、エナジーネーデと共に滅びるという案を出したのも、最終的に決定したのも、ナール市長を含む数人の政治家だというのが真相のような気がします。

ノースシティの老人が言っていたではありませんか。「自分はいいが、子供たちが不憫だ」と。それが人情というものだと思います。仕方がないと諦めたように思っていても、やはりどこか納得できない部分は残るでしょう。
ネーデ人はネーデと共に滅ぶという決定は、どうやらずいぶん早い段階からなされていたらしく、各街の人と会話すると、ところどころにそれらしいセリフが出てきます。滅亡の日が近いことを知りながら、普段どおりを装って生活を続けるネーデ人たちの精神力の強さは驚異です。或いは、すべてが上手くいって崩壊紋章が発動せずに終わる万一の可能性に希望をつないでいたのかもしれません。

ちなみに私がネーデ人だったとしたら、考え得るあらゆる方法を取ってネーデから脱出しようと試みると思います。自分は、けっこう諦めが悪いので……(苦笑)
だからこそ、悟りすましたようなネーデ人たちの反応が不思議です。何億年も続いてきた種の、一種の倦怠感のようなものがあるのでしょうか。

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シリーズ全体


愚痴話 其の壱:「1」と「2」の相似性 (2000/10/15)

どちらも人間の手によって造られた生体兵器がラスボスであるという辺りがちょっと似ているかな、とか……。
主人公パーティーと戦うことになる経緯やストーリーの流れは全く違いますが、造られた時点で侵略や征服を目的として設定されているというところも同じです。
どちらかと言えば、「1」のジエ・リヴォースの方が「2」の十賢者たちよりも思考と行動の自由度が大きいような気がしますが、そういうふうに造られさえしなければ主人公の敵として倒されることもなかったはずで、ある意味向うも被害者だと思います。

余談ですが、「2」では主人公たちの戦う理由にどうもうそ臭さ、胡散臭さを感じるところがあるので、「理不尽に倒される」というイメージは十賢者の方がより強いです。

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